あなたたちに似ようとしたのは、人恋しくてたまらなかったから


■騎士の誇りとペンダント

登場人物

リサ・シルヴァラント
 レインツィア王国に所属する、この国でも珍しい女性の騎士。
 剣の腕のみで騎士の身分を得るほどの、優れた技量の持ち主。
 外見や性格は、ごく普通の明るい女の子だが、
 その実力は騎士団の中でも一二を争う。
 テンション高め。一人称は「ボク」

クラレット・レインツィア
 レインツィア王国の王女。
 類い希な美貌の持ち主で、国の宝とも讃えられている。
 まだ18歳になったばかりの少女だが、
 穏やかな性格の内に王族としての威厳を併せ持っている。
 やや世間知らず。一人称は「私(わたくし)」





(1)

 ――城が燃えていた。
 白亜の輝きを放つ城壁と、天に差し伸べた乙女の手にも例えられた尖塔。
 その二つをもって『聖女の城』とも讃えられたレインツィアの王城が、炎に灼かれていた。
 城壁に穿たれた窓から黒い煙を吐き出すその姿を、リサは悲しげな瞳で見つめる。
「……ひどい……」
 かすれるような声で呟いたのは、輝くような金色の髪を持つ少女だった。
 クラレット・レインツィア。ミドルネームは持たない。
 リサの隣に立ち尽くし、呆然と城を見やる彼女こそは、レインツィア王の一人娘。
 ……そして、おそらくはこの国で唯一生き残った王族だった。

 よくある話といえば、よくある話だった。
 外地獲得に燃える大国『バルゴンガウム帝国』が、隣接する『レインツィア王国』に侵攻。
 取り立てて武力に優れるわけでもなければ魔法の研究に熱心なわけでもないレインツィアは、
 敵国の侵略開始から一月も経たないうちに、王都の最深部――王城にまで攻め込まれた。
 和平の申し入れに出た大臣は即座に惨殺され、王と近衛騎士団は最後の望みも絶たれた。
 この上は戦って果てるのみ。
 城門を破ろうと攻城槌が振るわれる肝を冷やすような轟音を聞きながら、王は覚悟を決めた。
 そして騎士団の中でも数少ない女性の騎士であり、優れた剣士でもあるリサを呼び、言った。

「王女を……クラレットを、どうか安全な場所にまで連れて行って欲しい」

 つい先日18歳の誕生日を迎えたばかりの王女クラレット。
 王譲りの優しげに垂れた瞳と美しい金色の髪、困難に立ち向かうための強い意志。
 王妃譲りの白磁のような肌と艶やかな紅の唇、全てを包み込むような慈悲の心。
 両親のあらゆる美点を受け付いた彼女の名は、近隣諸国に鳴り響いていた。
 あらゆる階級あらゆる年齢の男たちが、彼女を理想の女性として崇めていた。
 そう、それは信仰のようなものだった。クラレットを女神と奉る一種の宗教。
 今回の侵略にしても、実際の目的は国そのものではなくクラレットだとさえ言われている。
 バルゴンガウムの皇帝がクラレットを奪いに来たのだ、と。

「……もちろんそんなものはただの噂だろうがね」

 王は小さく息をついた。その拍子に、全身に纏った甲冑がガチャリと音を立てる。

「ただ、それが噂であろうと真実であろうと……このままでは、クラレットは不幸になる」

「……そうですね」

 確かにそうだろう。しかし、それは国民全てに言えることだ。
 今こうしている間にも、城下の街では家が燃やされ、男が殺され、そして女は犯されている。

「親馬鹿だと笑ってくれても構わんよ。それでも私は……クラレットに生きて欲しい。
 生き延びて幸せになって欲しい。帝国なんぞに囚われることなく、な」

「そんな! 親馬鹿だなんて思ってないよ……思っておりません!」

 思わず素の口調で叫びかけて、リサは慌てて言葉を正した。
 剣の才能を買われ、近衛騎士団に入団してまだ半年。
 未だに下町のあどけない少女としての態度が抜けきっていない。
 そんなリサに、王は優しく微笑みかける。

「それに、出来るならば君のような女の子にも死んで欲しくない。
 いくら腕が立とうと君はまだ子供なのだから……そうだな、君にも幸せに生きて欲しい」
 そう言って王は玉座から腰を上げた。立てかけて置いた剣を取り、ゆっくりと歩き出す。

「さあ。クラレットは自室にいる。早く連れていっておくれ」

「……王、さま……」

 やがてリサの傍まで歩み寄った王は、涙を流す彼女のクセの無い黒髪を優しく撫で、
 そして、静かに王の間から去っていった。恐らくはもはや戻ることの出来ない戦場へと。

 ――そして今、リサはここにいた。
 王の命に従い、王女クラレットを連れて逃走していた。
 目指すはもうひとつの隣国『神聖ファルス公国』。帝国には劣るが、それなりの大国である。
 先代の王妃――つまり王の母にあたる女性がかの国の王家から嫁いできたこともあり、
 レインツィアとファルスは極めて強い友好の絆に結ばれていた。
 その国にまで逃げ込めば、きっと悪いようにはならない。リサはそう考えていた。
 仲間を残して逃げ出すのはひどく辛いけれど――それでも、行かなくてはならない。
 それが王の、滅び行くこの国の最後の願いなのだから。

「さあ、姫」

 リサは燃える城に背を向け、クラレットに呼びかける。
 しかし王女は答えない。

「姫」

 少し語気を強める。その声にびくりと身を震わせつつ、それでも王女は何も言わない。
 リサは訝しげに振り返る。その視線の先で、王女は城を睨み付けていた。
 先ほどまでのように悲しげに見つめるのではなく――憎悪にも似た思いを込めて睨んでいた。

「姫……?」

「私は――」

 リサの声を遮って、良く通る美声で姫は言った。

「私は、戻ります」

「な、なに言ってるんですか、姫さまぁ!」

 驚きの声を上げるリサに、姫はなおも言い募る。

「父様も母様も残っておられるのでしょう? なら、私だけ逃げるわけには――」

「バカあっ!」

 思わず漏れた罵りの言葉に、クラレットのみでなく、リサ本人も驚きの表情を浮かべた。

(やっばぁ。王族にバカとか言っちゃったよぉ)

 普段なら不敬罪で処刑――いや、民に優しいこの国なら、国外追放くらいの罪か。
 どちらにしても、まともな人間のやることではない。

(でも、まあ、良っか。国外追放になるっていっても……)

 もともとこの国から逃げ出すつもりなのだから。
 リサは適当に気持ちに折り合いをつけると、姫を正面から見つめて言った。

「……今から戻ったって、どうにもなりません」

「……っ! そんな……!」

 息を呑むクラレットに、畳みかけるように言葉をぶつける。

「王も王妃も……王城が包囲されたときから、すで覚悟を決めておられました。
 その上でボクに……じゃない、私に、姫を安全な所までお連れするよう命じられたのです」

「……だったらなおさらです。私は――」

「だからそーじゃなくて!」

 思わず声を荒げるリサ。叫んだ拍子にツインテールに結んだ黒髪が激しく揺れた。
 その姿は、他人の目には可愛い子供が姉にワガママを言っているようにも映ることだろう。
 そんな、端から見れば微笑ましいとも思える怒りを弾けさせながら、リサは続ける。

「今から姫様が戻ったってなんにもならないし、誰も喜ばないんですってば!
 王様は怒る! 王妃様は悲しむ! ボクは……やっぱ怒る! ていうか怒られる!」

 いつのまにか素の口調に戻ってしまっていることにも気づかず、リサはわめき続ける。
 子供っぽい――いや、実際子供のような容姿なのだけれど――顔を真っ赤に染め、
 膨らみかけの胸を怒りに震わせながら。

「で、ですけど……」

 その剣幕に押されて若干腰が退け気味になりながらも、姫は反論を試みる。
 しかしリサは全く取り合わない。黒真珠のように輝く大きな瞳で鋭く姫を睨み付け、
 真剣な――どこか荘厳にも思える口調で、言う。

「……今は我慢する時ですよ。頑張って我慢して、我慢して、我慢して。
 いっぱい我慢して時機を待つんです。それで力を蓄えて――いつか国を取り戻す。
 よく分かんないけど、たぶんそれが王族の義務なんだと思います」

「王族の、義務……?」

 小さく繰り返すクラレットに、リサは頷きを返す。

「義務です。やらなきゃダメなんです。姫様まで死んじゃったら誰がそれをやるんですか?」

「……義務……」

 どこか呆然とした表情でリサを見返すクラレット。
 その様子に、

(あちゃ、なんか言い過ぎちゃったかなぁ?)

 などと内心で悔やみつつも、リサは真剣な表情を崩さない。
 確かに口調は乱暴だったが、間違ったことは言っていないはずだ。
 王族に課せられた義務と責任。
 それを果たしてもらうまでは、クラレットに死なれるわけにはいかない。
 いつか故国を奪還するまでは――自分がこの少女を守らなければならないのだ。

「……分かりました」

 胸の内で決意を新たにするリサに、同じように何かを決めたクラレットが言う。

「今は、あえて生き恥を晒しましょう。あなたとともに……退きます」

 強い瞳で自分を見つめる姫の姿に、リサは小さく安堵の息をもらす。
 そして、一度だけ大きく頷くと、

「なら、姫! 急がないと!」

 姫の手を掴み、そして、再び城に背を向けて駆けだした。
 神聖ファルス公国――今や彼女たちに残された、最後の希望の地へと向かって。



(2)

「ふぃぃ……」

 まるでオヤジのような声を漏らしながら、リサはその場に腰を下ろした。
 隣では、クラレットが言葉もなく地面にへたり込んでいる。
 変装のためにと用意した、目立たない浅黄色のワンピースの裾から伸びる、
 すらりとした白い足を撫でさする姫の姿をぼんやりと眺めながら、リサは胸の中で呟く。

(無理もないよね。歩き通しだし)

 王城が襲われてから三日。
 その間、ふたりは満足な休憩をとることもなく歩き続けていた。

 城下はすでに敵の手に落ち、街道も安全とは言えない。
 普段のように甲冑に身を包んでいるのならまだしも、今のリサは目立たぬようにと
 庶民の服装――姫とお揃いのワンピースしか身につけていないのだ。
 騎士の命である剣こそは手放していないものの、身を守るには少々心細い状態である。
 結果選んだ安全な裏道を、休む間もなく進み――二人はようやくここまでたどり着いた。

 神聖ファルス公国との国境付近。森に入って少し進んだ場所にある開けた場所。
 この広大な森林を中ほどまで歩けば、そこから先はファルス領だ。

 二人が王城から逃れたことが敵に知られていたとして、
 自分たちがどこを目指して逃れたのか気づき、追っ手がかかるまでに一日。
 敵が馬を使っているとしても、ただ逃げれば良いだけのこちらと違い、
 相手は不慣れな場所を彼女たちを捜しながら進まなければならない。

 その点を考慮して、ここで一休みを入れたとしても、
 敵に追いつかれるまでには若干の余裕があるはずだとリサは計算していた。

 かといってあまりのんびり出来たものではないが、
 これ以上無理に歩いてクラレットに倒れられでもしては元も子もない。
 自分にしても、歩きずくめでそれなりに疲労は溜まっているのだ。
 もし敵に襲われたとして、その時満足に動けないようでは困る――。

 ぼんやりとそんなことを考えながら、リサは再び腰を上げた。

「……どうしたのですか?」

 そんな彼女を見上げて(相手は座っているのに、身長差があまりないのはなんでだろう?)、
 クラレットが訝しげに訪ねてくる。
 リサは内心で自分の背の低さにぶちぶちと愚痴をこぼしつつ、

(えーえー、色気のないチビで悪ぅござんしたねー……って、誰に言ってんだろ、ボク)

 それでも安心させるように微笑んで、

「ちょっとその辺見回ってきます。念のためですけど」

「そうですか。なら私は――」

「姫様は休んでてくださいよー。ほら、ちょうどそこに泉もあるし」

 そう言ってリサが指差した先には、確かに小さな泉があった。
 冷たく澄んだ水色に、クラレットは嬉しそうな笑みを浮かべる。
 そんなあどけない横顔に、リサは自分の心まで弾むような錯覚を覚えながら言う。

「ね? 何日も歩きっぱなしでいい加減ばっちいですし。
 ボクがその辺見回ってる間、水浴びでもしてたらどうです?」

「そう、ですね……お言葉に甘えさせていただこうかしら」

「うん! それが良いですよー!」

 にっこりと笑って、リサは頷き、太鼓判を押した。

「大丈夫! もし覗きなんて出たら大声でボクを呼んでくれればオッケーです。
 そしたらそんな変態、ボクがぼてくり回してやりますから!」

「ぼ、ぼてくり……?」

 突然放たれた意味の分からない言葉に、クラレットが首を傾げる。
 その様子にリサは、

 ――あ、やば。

 ついつい調子に乗って言葉をくだきすぎてしまったと、内心で苦笑した。



(3)

「じゃ、行って来ますねー」

 気楽な調子でそう言い残して、リサは森の中へと消えていった。
 荷物を置き捨て、剣だけを持って歩み去るその姿は、
 彼女自身の幼い風貌も相まって、まるで男勝りのわんぱくな少女のようだった。
 とは言っても、別にリサの容姿や態度が女らしくないというわけではない。
 ツインテールの黒髪は、戦いの邪魔になると叱られても切らなかったし、
 鎧の下に着る服にだって、目立たないながらも精一杯気を遣っている。
 あまり成長しない身長や壊滅的に育たない胸、大人の女生とはほど遠い無毛のあの部分、
 そして、いつもいつも子供と間違われる幼い顔つきを気にしたりもする。
 つまりは十分に女の子らしい心を持った女の子ではあるのだが――。
 しかし、今回だけは少し女性心理について考えが足りなかったかもしれない。

(……うう)

 落ち着かなげに周囲を見回しながら、クラレットはゆっくりと泉に近づいていく。
 さきほどまで笑顔を振りまきながら自分を守ってくれていた少女は……リサはもういない。
 あの少女騎士が言うには、この辺りは安全らしいのだが。
 しかし、安全な王城で安心できる家臣たちに囲まれて育ったクラレットにしてみれば、
 誰も守ってくれる者のいない場所で肌を晒すことに、恐怖を覚えずにはいられなかった。

(……いけません。こんなことくらいで怯えているようでは……!)

 そう心を奮い立たせてはみるが、やはり怖いものは怖い。
 かといって、綺麗な水で体を洗うという誘惑には抗いがたい。
 こうなったら、リサが帰ってくるまで待とうか……。
 そんな弱気な考えさえ思い浮かぶ。

「……ダメ! そんなことではダメです」

 大きく首を振ってクラレットは呟く。
 そう。どんな苦難を受けようとも、かならず故国を取り戻すと自分に誓ったのだ。
 そんな私が、たかだか水浴びをするごときで怯んでいてどうするのか――!
 ……どこか大仰すぎる思いで気持ちを固めると、
 クラレットはその強気が逃げないうちにと、急いで自分の服に手をかけた。
 目立たないようにと、リサがどこからか用意してくれた庶民の服。
 着慣れないその服の襟元に指を伸ばした瞬間。

 ――がさり、と。

 すぐ背後で、そんな音がした。

「――ひっ!?」

 引きつるような悲鳴を上げて、姫はその場に立ちすくむ。
 そしてかすれた声で小さく問いかけた。

「……リ、リサですか……?」

 しかし返事はない。ただ、誰かがこちらに向かって歩み寄る気配を感じた。
 心臓が急激に鼓動を早める。

「リサなのでしょう? からかっていないで返事をしてくださいな……」

 そうやって問いかける間に振り向いてみれば済む話なのだが、
 恐怖に包まれたクラレットの体は、その動きを拒否していた。
 そうやって立ち尽くしている間にも気配は着実に近づいてきて……、
 そして、とうとう彼女の真後ろに立った。

(……もう、もうダメぇ!)

 見ないことの恐怖が、見てしまうことの恐怖を上回る。
 クラレットは勢い良く背後を振り返った。
 その視線の先に立っていたのは、いかにも悪人といった風貌の見知らぬ男二人。
 男たちはクラレットが振り向いた瞬間、驚いた顔を見せ、
 彼女の顔をまじまじと見つめると、今度は二人で顔を見合わせて笑い出した。

「ひゃひゃひゃ! バレちまったなおい!」

「バレちまったよお! こっそり近寄ったのにぃ!」

 なにがおかしいのか腹を抱えて笑う二人に、クラレットは精一杯の虚勢を張って問いかけた。

「な、なんなのです貴方たちは!? 無礼でしょう!」

 そんな言葉に男たちは一瞬ぽかんとした顔を見せ、そしてまた笑い始める。

「ぶ、ぶ、無礼でしょうだってよおい! おい! ひゃはっはははは!」

「すっげえ! そんなん言われたの初めてだぁ!」

 ――この男たちは、なにかおかしい。
 二人の態度に底知れぬ恐怖を感じ、姫は知らぬ間にじりじりと後ずさっていた。
 その様子を知って知らずか、男たちの片方――ひげ面の方が、にやにや笑いながら言った。

「俺らがなんなのかって聞いたよなお嬢さん?」

「……え、ええ。そう尋ねましたが」

「教えてやるよ。俺らはアレだ、盗賊ってヤツだ」

「と、とう……!?」

 恐怖のあまり声も出ないクラレット。
 いくら世間知らずとはいえ、盗賊というのがどんなものかということくらいは知っている。
 人を襲い、金品を強奪し、あまつさえ命までも奪うこともあるという悪漢ども。
 今自分の前に立っているのは、そんな輩なのだというのか――!

「ひゃひゃ、どしたのお嬢さん、怖くて声も出ないですかあ?」

 ひげ面がそう言って笑い、釣られるようにもう一人も笑う。
 その手には、いつの間にか鈍い光を放つ短剣が握られている。

「あ……あ……」

 私はあれで殺されるのだろうか?
 あの刃物で腹を、胸を刺され、首を切られて死ぬのだろうか――?
 そんな想像が頭の中を駆け回り、クラレットの心は失禁寸前の恐怖に覆われていた。
 怯える美少女の肩にゆっくりと手を伸ばしながら、ひげ面は言葉を吐く。

「そんな怖がらなくても良いってよお。大丈夫、大人しくしてりゃ殺しゃしないから……」

「お、お、大人しく……?」

「そうさ――っと」

 楽しげに頷いて、空いた手でクラレットの肩をがっしりと掴むとひげ面は短剣を振り上げた。

「ひっ――!?」

 刺される!
 思わずクラレットは目を閉じる。
 しかし、短剣は彼女の身体には触れず――ただ、彼女が纏う服の胸元を切り裂いていた。
 下着ごと切り裂かれて、両手に余る大きさの乳房が半分以上も露出する。

「い、いやあああああ――んむっ!?」

 悲鳴を上げるクラレットの口を、ひげ面が押さえる。その手にはもう短剣はない。
 男はいやらしい笑みを浮かべながら、もう片方の手を彼女の尻へと伸ばした。

(いやっ! いやあっ! リサぁ……!)

 もごもごと声を漏らすクラレットを楽しげに見つめ、男は柔らかな尻の感触を味わおうと、
 ゆっくりと手を蠢かす。
 服の上からでも感じられる、男の手の触れる感触。
 不快感に涙さえこぼしそうになるが、しかし、クラレットは寸前のところで踏みとどまった。
 何故なら――。

「こっるぁあああああああ!! アンタらなにやってんだぁあああああああ!!」

 いやらしい男の顔の向こうに、大声を上げてリサが駆け寄ってくる姿が見えたから。

「な、なんだあ!?」

 クラレットから手を離し、ひげ面は地面に落としていた短剣を再度握り締め、言う。
 振り返った視線の先には、すでに目前にまで迫ったツインテールの少女の姿があった。

「てめえこのチビ、やる気――」

「チビ言うなっ!!」

 叫びつつ立ち止まり、リサは抜刀した。
 白銀の輝きを放つ片刃の剣を目にして、男たちが怯えたように身を竦めた。
 しかし、それも一瞬。
 相手は少女と侮ったか、ひげのない方の男が、正面からリサに飛びかかってくる。
 ヒネリも何もない素人丸出しの動き。
 馬鹿正直に真っ直ぐ突き出された短剣の切っ先を、体半分動かすだけで悠々とかわしつつ、
 リサはお返しとばかりに、がら空きの腹に剣の峰を叩き込んだ。
 峰打ちとはいえ力いっぱい打ちつけられたのは鋼の塊だ。
 ひげのない方の男は、激痛のあまり悲鳴も上げられずその場に崩れ落ちた。

「て、てめえっ!」

 仲間があっけなくやられたことに怒ったのか、ひげ面も慌てて飛びかかってくる。
 こちらは少し頭を使ったものか、ただ突くのではなく、短剣を振り回す作戦に出たようだ。
 確かに突きは隙が多い。一撃をかわされればそれで終わる。
 それよりは、こうやって振り回して相手を少しでも傷つけ、戦意を喪失させることを狙う。
 悪くはない考えだ。――相手が素人で、しかも丸腰であった場合には、だが。

「……アホか」

 呆れ混じりに呟いて、リサは横薙ぎに剣を振るう。
 長剣と短剣。いくら体格差があるとはいえ、リーチの差は歴然としている。
 男の振り回す刃に触れることなく、リサの剣はひげ面の顔面をはたき倒していた。

「へぼんっ!」

 なんだか面白げな悲鳴を上げて、男が倒れる。
 その様子をつまらなさそうに見届けたのち、リサは表情を変えてクラレットに駆け寄った。

「姫様っ! お怪我はございませんか!?」

 胸元を押さえてその場にしゃがみ込むクラレット。
 その表情は、どこか呆然としているようだった。

「ひ、姫様……? やはりお怪我を?」

 怯えたようにそう尋ねてくるリサに、クラレットは小さく、

「リサ……あなたって、本当は強かったのですね……」

 そんな言葉を呟いた。

「は? ……いやまあ、そりゃ騎士ですから。一応」

 怪訝な表情で答えるリサ。
 しかし、すぐさま表情を固く引き締めると、剣をその場に置いてひざまづいた。

「リ、リサ?」

「申し訳ございません!」

 力一杯頭を下げるリサ。
 その様子に、クラレットは慌てて声をかける。

「ええと、な、なにがですか?」

「大丈夫だ、安全だなどと言っておきながら、このような輩に姫の御身を――」

「ああ、それはまあ、確かに」

 頷いて、クラレットは思う。
 服を脱ぐ前で本当に良かった、と。

「本当に、お詫びの言葉もございません! リサ・シルヴァラント、いかなる処分も――」

「頭を上げてください、リサ」

「しかし姫っ!」

「何事も無かったんですから、良いじゃありませんか。服は駄目になってしまいましたけど。
 ……でも、中身はあなたが無事に守ってくれましたわ」

「姫さま……」

 クラレットの言葉に、思わずリサは涙を流しそうになる。

(……ああ、この人すっごいお人好し。ヤバイくらい)

 普通、貞操の危機に瀕しておきながらこんな甘っちょろい台詞は吐けない。
 それでなくとも騎士は王族を守るのが務めなのだ。
 その義務を怠ったのならば、叱責のひとつもあって当然なのだが。

「それより、そこの二人は――」

 気遣わしげにリサの背後を見やるクラレット。
 リサは剣を手に立ち上がり、答えた。

「大丈夫、命までは取ってません。本当は――」

 男の片方、鼻をへし折られたひげ面の眼前に剣先を突きつけつつ、続ける。

「本当は、殺しても飽き足らない気分なんですけどー」

 口調こそ軽いものだが、その台詞にはやけに真実味があった。
 ひげ面が小さく悲鳴を漏らす。
 その様子を見て、リサは「ふん」と鼻を鳴らして剣を収めた。

「いけませんよ、リサ

 そんな彼女をたしなめつつ、クラレットはひげ面の前にかがみ込む。
 その拍子に胸元がはだけかけるが、そんなことにはまったく気づかず、
 左手の襟元から金色に輝く装飾品を外すと、それを男に差し出した。

「……え? は?」

 わけも分からず目を白黒させる男に、クラレットは優しく微笑みかけた。

「このペンダントを差し上げますわ。それほど金銭的な値打ちのあるものではありませんけど。

 それでも、盗賊などしなくてもしばらくは生きていけるだけのお金になるでしょう」

「……はあ」

 男は生返事を返し、

「ちょ、姫ぇ!? なに言い出すんですかっ!」

 リサは慌てまくった。

「良いのですよリサ。……我が国の領内に、盗賊などしなければ生きていけない人々がいた。
 残念なことですが、それはきっと父王の治世に至らぬところがあったからでしょう。
 ならば、同じ王族である私が、せめてもの償いをするのは当然の義務です」

「いやこいつら絶対そんなんじゃないですって! 絶対!
 ただ単に楽して儲けたいだけの現実見えてない社会不適応者ですって!」

 慈しむような視線を男たちに向けるクラレットに、リサは必死で言い募る。
 ……お人好しだとは思っていたが、これほどまでとは予想していなかった。

「なにを言うのですか、リサ。そう悪し様に人を罵るものではありませんよ」

「……ああはいはい。分かりました。じゃあもうそれで良いですはい」

 どこまでいっても癒し系の態度を崩さないクラレットに、
 リサは根負けしたように溜息をついた。
 姫の手を取って立ち上がらせると、男たちに向かって面倒臭そうに言う。

「つうわけなんで、おっちゃんたち帰って良いよ。幸せになりやがってちょうだい」

「は、はあ…………」

 ワケも分からず頷く男二人。
 そんな彼らに「しっしっ」と犬を追い払うような仕草をしてみせ、

「いや、だから早くあっち行ってってばぁ。ボクたちこれから水浴びするんだから」

 そこまで言って、ぴたりと言葉を止める。
 そして、剣に手をかけつつ一言。

「あー。覗いたり荷物取ったりしたら……分かるよね?」

 じろり、と睨み付けられて、男たちは慌てて首を縦に振った。
 先を争うようにあたふたと立ち上がって、何故かリサに敬礼してみせる。
 続けざまにクラレットに向かって何度も頭を下げ、その場で回れ右。
 後ろも振り返らずに逃げ去っていく。

「ホントに覗くなよー」

 そう声をかけるリサの前から、可能な限り早く姿を消したいとばかりに。



(4)

「……さぁて、と。そろそろ行きましょうか?」

 水浴びを済ませ軽い食事を取った後、リサはクラレットにそう呼びかけた。
 出来ることならばこのまま昼寝と洒落込みたいところだが、残念ながらそうもいかない。
 いくら辺境とはいえ、ここもまた敵地であることには変わりないのだ。
 一刻も早く隣国に逃げ込まなければ、やがて追っ手に囚われてしまうことだろう。
 あの盗賊たちのおかげで余計な時間も食ってしまっている。
 さすがにこれ以上はのんびりしていられなかった。

「そうですね……では参りましょうか」

 不満げな顔ひとつ見せず、クラレットも頷いて立ち上がった。
 自分が逆の立場だったとしたらどうだろうかと、リサはそんなことを思う。

(ボクがお姫様だったら――きっと駄々こねて、もう歩けないって泣きわめいて――)

 おそらくはそれが普通の反応なのだろう。
 自分のように騎士としての訓練を受けているわけでもない、
 それどころか蝶よ華よと育てられた、こんな場所よりも舞踏会にこそ似合うような少女が、
 両親を殺され、自国を滅ぼされ、そして自分自身も追われ――、
 そんな状況に追い込まれて、こうまで毅然としていられる方が異常なのだ。

(人間出来てるよなー。ウチの姫さまは)

 改めて自分が仕える少女の強さに感心しながら、リサは彼女の先に立って歩き始めた。
 真昼だというのに薄暗い森の中を、下草をかき分けながら進む。
 林道を外してわざわざ獣道を進むのは、敵の待ち伏せから身を隠すためだ。
 リサの勘ではまだ追いつかれてはいないはずだが、念を押しておいて損はない。

「ファルスまでは、あとどのくらいなのでしょう?」

 先を歩く少女の背中に、声をひそめてクラレットが問いかけた。
 リサは周囲を目線の動きだけで見回しながら答える。

「そうですね……このペースだと、あと二時間ってとこですか」

「そう……あと、少しですね」

「うん。頑張りましょう」

 励ますような笑みを浮かべて、リサはクラレットを振り返る。
 姫の端正な顔に向けられたその視線が、不意に鋭さを増した。

「え? リサ――

 突然表情を引き締めた少女の様子に、王女が戸惑う暇も与えず。
 リサは一息に抜刀、クラレットを突き飛ばしながら剣を斬り上げる。

「きゃあっ!?」

 悲鳴を上げて王女が尻餅をつくと同時、リサの顔にぬめぬめとした半固形の物が降り注いだ。
 血液にも似た生臭い匂いを放つその物体――背後からクラレットを襲おうとし、
 リサによって切り飛ばされた『なにか』の切れ端。
 切断したはずなのになぜか砕かれたように飛び散ったその肉片を、片手でぬぐい取りながら、
 リサは誰何の声を張り上げた。

「――何者か!?」

 少女が放った鋭い呼びかけに応えるように、二人の周囲の草むらが、がさりと音を立てる。
 木々の陰から姿を現したのは――見間違うはずもない、帝国軍の鎧を纏った兵士たちだった。

(……囲まれてた……いつの間に!?)

 舌打ちしつつ、リサは油断無く周囲を見回す。
 目に映る範囲にいる敵は、素早く数えたところによれば約10人。
 それに加えて、見えないどこかに、あの奇妙な『なにか』を操る者が潜んでいるはずだ。

「何者、か」

 敵兵のうちの一人――ちょうどリサの正面に立っていた男が、嘲るように笑った。

「見りゃ分かるだろお嬢ちゃん。追っ手だ追っ手。アンタら追いかけてきたんだよ」

 無精ひげを生やした顔に、勝利を確信した愉悦を浮かべながら、
 男は楽しそうに言葉を続けた。

「つうわけで、さっさと諦めて欲しいんだが。……いや、抵抗したいならしても良いんだぜ?
 女を殺すのは嫌だなんて良識派は、残念ながらここにはいないんだ」

 そんな愚劣な言葉に、周囲の男たちも笑い声を上げた。

「……下衆が」

 リサは歯を食いしばり、殺意を込めた視線で男を睨み付ける。
 怒りに震える彼女の背後では、ようやく立ち上がったクラレットが、
 怯えを隠すように身を縮こまらせていた。

「下衆で結構。で、どうするんだお嬢ちゃ――」

 男が続きを発するよりも早く、彼の背後から凄まじい速さでなにかが迫ってきた。
 それは彼の頭をかすめるように伸び、真っ正面からリサの顔面を狙う。

「……はあっ!!」

 一閃。雷光の速度で疾ったリサの斬撃が、そのなにかを迎え撃った。
 奇妙に柔らかい感触を騎士の腕に与えつつ、炸裂するように飛び散ったその物体。
 人の指程度の大きさの細切れになったゼリー状のそれは、雨のようにリサの体に降り注いだ。
 なま暖かい物体が肌に触れる感触に、不快げに眉をひそめながら、リサは言う。

「触手……魔物使いか」

「ご名答」

 突然の出来事に驚愕し立ちすくむ男の背後から、錆びた声が響いた。
 舞台に上がる役者のように、意味もなく気取った足取りで姿を現したのは、
 お伽噺の魔法使いが着るようなローブを身に纏った、壮年の男性だった。

 広く開いたその袖口から、ミミズにもイソギンチャクにも似た奇妙な物体、
 ――いや、魔物が、数十本単位でうねうねと顔を覗かせていた。
 二度に渡ってリサに襲いかかったのは、おそらくこの触手なのだろう。

「くだらない会話に焦れてしまってね。さっさと終わらそうと思ったのだが」

 全身に触手の切れ端や粘液をまとわりつかせつつ、剣を構えて立つリサ。
 そんな少女の様子を見て、魔物使いは何故か満足そうな顔をした。

「……旦那ぁ。気が短すぎますって」

 ようやく状況を飲み込んだ男――無精ひげの兵士が、魔物使いに苦笑を送った。

「一応降伏する気があるか聞いてやらないと、かわいそうじゃないですか」

「ふふん。降伏すると彼女たちが答えたら、どうするつもりなのだね?」

「そりゃもちろん――」

 無精ひげの視線が――いや、周りの敵兵たちの視線が、不意に気配を変えた。
 奇妙に粘つくようなその瞳は、主にクラレットに向けて注がれている。

「まあ、ガキの方はどうでも良いスけどね。姫さんは――ねえ?」

 にやにやといやらしく笑うひげ面を、リサはさらに力をこめて睨み付けた。
 怒りのためか、妙に体が熱く火照ってきている。

「姫に――王女に指の一本とて触れさせるものかっ!」

 ツインテールの黒髪を揺らしながら、少女は声を張り上げる。
 今の会話の隙に数え直してみれば、敵の数は正確には7人。
 不利は不利だが、魔物使いさえどうにかしてしまえばなんとかなるかもしれない。
 剣技にはそれなりに自信はあるし、相手はこちらを舐めきっている。
 その油断さえつけたならば――。

 と、自分たちを殺気走った目で少女の様子に、魔物使いは楽しそうに笑った。

「いやいやいや、私としてはこちらの子の方が良いねえ。
 こういう元気の良い子が好きなんだよ。ああいや、私がじゃなくて――彼らがね」

 魔物使いの言葉に呼応するように、触手達が一斉に蠢き始めた。
 彼は苦笑しつつ、ゆっくりと腕を上げてリサを指し示し――そして、次の瞬間。
 袖口から放たれた触手が、束になってリサに襲いかかった。
 一斉に空を走った触手の群れは、少女のやや手前で拡散。
 彼女の退路を断つように、四方八方からリサに向かって伸びる。

「リサっ――――!?」

 少女の背後で、クラレットが思わず悲鳴を上げる。
 絶体絶命。もはや逃げ場はどこにもないように思われた。
 しかし。

「――はああっ!!」

 剣を構えた少女は、一瞬のためらいも見せずに跳躍した。
 後方に逃れるのではなく、群れをなす触手のただなかへと。
 自ら飛び込んできた獲物に、触手たちは一斉に襲いかかる。
 その先端がリサの体に触れたかに見えた瞬間――。

「――な、に?」

 やや離れた位置で、魔物使いが驚愕の声を漏らした。

 ――触手が、全て切り飛ばされていた。
 一本たりとて逃れうることなく、魔物たちの全てが切断され、
 そして例のごとく肉片と化して飛び散り、辺りに降り注いでいた。

 顔や体を打つ生臭いシャワーを黙殺して、リサは振り下ろしていた剣を再度構える。
 肉片とともに飛び散った半透明の粘液が、少女のワンピースを濡らして、
 その幼い肢体を薄い布越しにくっきりと浮かび上がらせている。
 端から見ればそれは、奇妙な色っぽさを感じさせる姿ではあるのだが、
 しかしこの場にいる男たちには、欲情を感じる余裕などなかった。

「いったいなにをした――?

 かすれた声で尋ねる魔物使いに、リサは冷たい笑みを返す。

「単純な話だ。……全て切り払った。それだけのこと」

「バカな! あれだけの触手を一瞬でっ!?」

 信じられないと首を振る魔物使いに対し、
 リサは剣を突きつけて脅しをかける。

「……さあ、どうする? 今退くならば見逃してやって良いぞ?」

「た、たった一人でなにを――」

 敵兵の一人が声を上げる。
 ちらりとそちらに視線を送って、リサは乾いた声で言う。

「そう思うならかかって来れば良い。魔物などに頼らずな」

 周囲で敵兵たちが息を呑むのが感じられた。
 これで……これで諦めて逃げ出してくれれば面倒はない。
 いかにリサの剣腕が優れているとはいえ、
 これだけの人数を相手にするのはひどく難しい。

 触手に対しては、なんとか対処することが出来たが、
 それでもリサたちが不利であることには変わりないのだ。
 知能に乏しい魔物と違い、人間は頭を使う。
 もしもクラレットを人質に取られでもしたら、その時点で打つ手はなくなってしまう。
 出来ることなら、そうなる前になんとかこの場を切り抜けたいのだが。

「……ははは」

 そんな彼女の苦悩を嘲笑うかのように。
 魔物使いが哄笑を放った。

「はははは、あははははははははははっ!!」

「なにがおかしいっ!!」

 凄むリサに対し、魔物使いは絡むような笑みを投げかけた。
 その表情には、先ほどのような怯えの色は一切感じられない。
 それどころか、初めて彼女たちの前に現れたときと同様の、勝利を確信した目をしている。

「いやいやいや、すごい腕前だと思ってね。確かに彼らじゃ君には勝てそうにない」

「……ならば」

「いや退かない。彼らには倒せないかもしれないが……」

「貴様ならやれると? 頼りの触手は全て死に失せたぞ?」

 訝しむリサに向かって、魔物使いは肩をすくめてみせた。
 その余裕ぶった態度が、リサの内心を不安に染める。

「死んだ? ……それは違う。形を変えただけだよ」

「それは、どういう――」
 魔物使いは言い放ち、そしてリサは疑問の言葉を投げかけようとして――。
 その瞬間、少女の首筋を、なにか生暖かい物が舐め上げた。

「きゃあ!?」

 思わず悲鳴を上げるリサの全身を、なにかがはいずり回っている。
 いつのまにか服の中に入り込んでいたそれ――触手の切れ端たちは、
 まるで彼女の怯えが理解できるかのように、唐突に活動を始めていた。

「ははは、可愛い声も出せるじゃないか。そっちの方がずっと似合っているよ」

 全身をぬるぬるとしたものが動き、はいずり、なめ回す感触。
 不快感とくすぐったさの入り交じったその感覚に、リサの肩が震えだす。

「き、貴様、これは……!?」

「私の触手は特別製でね、斬られたくらいで死ぬことはないのさ。
 それどころか、衝撃を受けた瞬間自分から分裂し――数を増やす。
 松ぼっくりみたいなものだね。
 そして分裂した触手は成長するための養分を求めてはいずり回る。
 数ある栄養素の中でも彼らが一番好むのは――」

「――若い女の体液さ」

「そんな……」

「くく……肉片が体を這い回る感触はどうかな?
 服の中に入り込んだ彼らに、全身を嬲り回される気分は?
 ……ああ、そうそう。特別製なのは体液も一緒でね。
 肉片とともに飛び散る半透明の液体には――お約束通り、媚薬作用も含まれているんだ」

「くっ……姫、逃げ――」

「リ、リサ……」

「おやおや、残念でした。姫さまは君が喘いでいる間に囚われてしまいましたとさ」

「貴様ら……ひゃああっ!?」

「隙アリっと!」

「しまっ――!?」

「さあ、これで丸腰だ。旦那、こいつどうします?」

「そうだねえ……しばらく様子を見るというのはどうかな?」

「……へへ、旦那も人が悪いや」




「いや……やめ、て……ふあっ!! そんな動かないでっ……!」

「はあ、はあ、は……ああん! そこ、ダメぇ!!」

「ダメ、乳首吸わないで! 出ないから……なんにも出ないからぁ!!」

「ふあ……ひっ……ひゃあうぅ……くぅああああっ!?」


「……もしかしてイったんじゃねえかこいつ?」

「うへえ、敵の前であんなもんに乳首イジられて?」

「淫乱だな淫乱。ガキみたいな体して、ホントは好きで好きで仕方ないんだ」

「そんな……ちが、う……」

「ほほう、あれだけ媚薬を浴びておいて、まだ理性が残ってるのか。大したものだ」

「ボクは……お前らなんかに……」

「はは。その気力に敬意を表して、ひとつ良いことを教えてあげよう。
 言い忘れていたんだがね、その肉片は女の胎内に入ったら――そこで卵を産むのだよ。
 ……ほら、早く取らないと股間からうじゃうじゃと――」

「いや……いやああああああああっ!!」

「おお、ストリップ」

「色気もなんもあったもんじゃないけどな」

「……み、見ないでよぉ……」

「どうしたの? 卵を産み付けられるのと人前に股間をさらすのと、どっちが好みかね?」

「くっ……」

「待ってましたー!」

「ほら、さっさと股開けよ。見えねえだろうが」

(……見られてる、こんないっぱいの人に、敵に……恥ずかしいところ見られてるっ……)

「なんだこいつ、毛ぇ生えてないぜ。つるつるだ」

「穴もちっちゃいなあ。俺の入れたら壊れるんじゃねえか?」

「やめて……見ないでよぉ……」

(みんなが……ボクのアソコ、見て……見てる……)

「エロいよなあ……こんな人前でオナニーしてるんだぜお前?」

「オナニー……ボク、オナニーして……」

(見られながら、ボク、アソコいじってる……いじってるとこ、見られちゃってるっ)

「ち、違う……ボクはただ、取ろうとして……」

「へえ、じゃあなんで――」

「……ひゃあっ!?」

「なんでこんなに濡れてるんだよ、お前?」

「そ、それはっ……

「……ふん、まあ良い。それよりよぉ」

「な、なに……?」

「なかなか手こずってるみたいだからよ、なんなら俺が手伝ってやろうか?」

「え……?」

「俺が代わりに取ってやるつってんだよ。どうだ?」

「ボク、は……」

「……お願い、します」

「よしよし、じゃあまず体勢を変えような」

「こ、こんな格好――」

「良いから良いから。それよりほら、足開かないと取れないだろ?」

「あ……」

(こんな……こんな格好して、みんなに見られて……男の人に……)

「……ふあ……!?

「さあて……どこにいるのかな、と」

「……そ、そんなに……指……あはぁ……指、動かさないでっ……!」

「んー? 動かさないと取れないだろうが」

「だ、だって……はあんっ! そんな、違うぅ……」

「そんなくちゅくちゅ……しないでぇ」

「へへ、そっちこそ腰が動いてるじゃねえか。じっとしてねえと取れねえぞ?
 それとも……俺にイジられて感じてるのか?」
 
「ちが、違うよ……感じてなんか……ふひゃあぅ! ダメ、そこぉ……!!」

「お、見つけたかな……だけどつるつる滑って取れないなあ……。
 おい、お前が淫乱なせいでとれないぞ? ぬるぬるに濡らしやがってよ」

「ボク、ボク淫乱じゃない……はあ、はあん…そんなんじゃ……な……」

「アホかお前。人前で四つん這いになって股開いて、ケツ上げてよ。
 男にマンコいじめられながら『ボク淫乱じゃない』? 誰が信じるか」

「そんな……そんなぁ……」

「認めちまえよ。気持ちよくてたまらないんですってよ」

「ふああ……やああん……そ、そんなこと……」

「やあ……いやあ……指、やめ……もうやめてぇ……」

「ん……ふああ……ああ、も、ダメ……ダメェ……!」

「もう、ボク、ボクもうっ……ダメェ! あ、はあ――あ?」

「どうしたよ? なにがダメだって?」

「え……なん、で……?」

(なんでやめちゃうの……もう少しで、ボク……)

「ほら、取れたぜ?」

「あ――」


「な、なに……?」

「おいおい、あんだけ見せつけてくれて、そりゃないだろうよ?」

「そうそう、それに――」

「ひぃ……くぅん!

「お前だって、物足りねえんだろ?」

「……そ、そんな、ボク……ボク……ふああ!?」

 リサの言葉を遮るように、男の一人が彼女の乳首にむしゃぶりついた。
 すでに硬く尖ったその先端を、男は力いっぱい吸い上げる。

「ダメだよ……そんな、おっぱい吸わないでぇ……吸っちゃ、ダメっ……」

 舌先が蠢き、薄紅色の乳輪をなめ回す。
 乳首を吸われる強烈な感覚と、柔らかいものがその周りをはいずり回る感触。
 同時に与えられるその刺激に、リサの小さな乳房から、
 じんじんと痺れるような快感があふれ出した。

「へへ、ちっこいのも結構……」

 乳房を犯す男が、唇を離して笑う。
 そしてもう一方の乳房に手を伸ばすと、節くれ立った指先で勃起した乳首をつまみ、
 弾き、擦り回し、とどめとばかりに捻り上げた。
 愛撫が加えられるそのたびに、リサの口から悲鳴のような喘ぎ声が漏れる。

「あっ、ああっ、あ……あはぁ……ダメ……だから、そこ、いやぁ……

 激しく頭を振って悶えるあどけない少女の姿に、
 さらに別の男が鼻息を荒くして体を近づける。
 リサが拒む間もなく、男は少女の幼い秘裂に顔を寄せると、
 舌を伸ばして陰核を舐め上げた。

「ひきゃああ!! ……ダメっ、ダメダメぇ……アソコ舐め……舐めないでえ……!!」

 すさまじいまでの快感が、少女の背筋を走り抜けた。
 腰を跳ね上げるリサの乱れように男はさらに興奮を強めた。
 両手で少女の割れ目を押し開き、恥ずかしげもなくさらけ出されたそこに息を吹きかけて、
 さらに少女に嬌声をあげさせながら、言う。

「うわすげえ、大洪水だぜおい……ほら、音聞こえるだろ……?」

 指が伸ばされ、秘唇を掻くように動き回す。
 濡れそぼった秘密の場所が、男の言葉通り、くちゅくちゅといやらしい音を立てた。

「ああん、そんな音ぉ……ひああ!? ちが、そこちがうぅ………そっちは、いやあ……!」

 蜜壺からわき上がる快感と、はしたなく音を立てるその部分への恥じらい。
 その二つが混じり合った言葉にしがたい快楽に溺れきっていたリサの声が、
 突然張り上げられた。

 さらに別の男が、彼女の後ろのすぼまりに、指を軽く押し込んでいた。
 男が指先でこねまわすたびに、少女の菊門は抵抗するように蠢く。

「なにが嫌なもんか……ひくひくしてるじゃねえかよ」

 嬲るような言葉を発する男に向かって、
 背後から焦れたような声がかけられた。
 順番待ちの連中だった。

「……おい、そろそろ……」

「……るせえな、分かってるよ……おい、いつまでやってんだ」

 男は舌打ちし、いつまでも乳首に吸い付いている仲間に声をかけた。

「お、おう」

 よほど少女の小さな乳房が気に入ったのか、
 男はなおも名残惜しげな視線をそこに送る。
 そんな彼を下がらせ、そして秘裂を嬲っている男にも声をかける。

「ほらどけよ、最初は俺からだ」

 横柄な台詞に、少女の股から顔を上げて、男は非難する。

「おい、ちょっと待てよ、今は俺が……」

「ああ? そういう台詞は借りた金返してから言うんだな」

「ちっ……分かったよ」

 納得出来ないといった顔で体をどかす仲間を一瞥し、勝ち誇った笑みを浮かべて、
 男は横たわって息を荒くする少女を抱き起こした。
 そして姿勢を入れ替えるように今度は自分自身が寝転がり、
 その腹の上にリサの軽い体を乗せる。

「つうわけでお嬢ちゃん、まずは俺からだ」

「……はっ、はあ、はあ……なに? ……なに、するの?」

 朦朧とした意識で問いかけるリサに、男はにやりと歪んだ笑みを返した。
 滑らかな少女の肌をなで回しながら、よこしまな欲望を口にする。

「本番だよ本番。決まってんだろうが」

「ほん……ばん……?」

「へへ、良いからじっとしてろって。すぐに良くしてやるから……よっと!」

 いやらしく笑いながら男はリサの腰をつかんで持ち上げ、怒張した自分自身を、
 少女の秘密の場所に押し当てた。そして、貫くように腰を突き上げる。

「……いっ……!! く、ああっ……!?」

 引き裂かれるような鋭い痛み。
 リサは背中を反らせて悲痛な叫びを上げる。
 小さな秘裂を強引にこじ開けて侵入してくる異物に対して、
 幼さの残る肉体は、赤い血を流す事で応えた。

「……おお? お嬢ちゃん、やっぱ処女かぁ……ふひひ、初物だぜおい……」

 純潔の証を嬉しいに眺めて、男は醜悪な口調で歓声を上げた。

「良いからさっさと済ませろよ。みんな待ってるんだ」

 すぐ近くから投げかけられた順番待ちの仲間の声が、彼の歪んだ喜びに水を差す。
 お預けを喰った犬のような仲間の態度に、男は苦笑しながら言葉を返す。

「へいへい……つうかよ、別に穴はここだけじゃねえだろ?」

「……ああ、そうか、そういやそうだな」

 男の台詞を受けて、仲間の一人が少女に歩み寄った。
 覆い被さるように男の上に倒れ伏した少女は、息を荒くして痛みに耐えていた。

「はあっ……あ……あ……やめて、もうやめ……」

 哀れを誘う声で懇願する少女の頭を、自慢のツインテールの片方を引っ張って持ち上げ、
 その男は半開きのままの唇に、自分の陰茎を強引にねじ込んだ。

「ほらお嬢ちゃん、おやつの時間だぜぇ? ちゃんと舐めてくれよ?」

「んむうぅ!? んっぷ……んんうっ……ん、ふくぅ……」

「そうじゃねえって。舌使うんだよ舌」

 教え諭すようなその口調に、リサは反射的に従ってしまう。
 根が真面目だからというよりは、ただ逆らう気力が残されていないだけなのだが。
 少女は文句も言わずに、饐えた匂いを放つ強張りをくわえたまま、口の中で舌を動かした。

「ん……ん……んちゅ……ちゅ……ちゅぶぅ……」

 狭い口内を占領する肉の塊を、少女の小さな舌がなめ回す。
 生臭いような塩辛いような、奇妙な味わいの肉棒をしゃぶり続けるうちに、
 リサの頭にはぼんやりと靄がかかり始めていた。

「そうそうそう……ああそうだ、上手いぞ」

「んふぅ……ちゅぅ……ん、ん、んぅ……ちゅばっ……んふぅん……」

 男が漏らした賞賛の言葉に、リサは喜びさえ感じていた。
 本来であれば男は憎しみの対象であり、そして彼女自身が行っている行為は、
 吐き気さえ感じる否定の対象でしかないのだが。
 すでに理性を失いかけていたリサには、もう嫌悪の気持ちさえ湧いてこなかった。

「ちゅぶ……ん、んんんんっ!? ん、んふっ、ふああっ!?」

 歪んだ喜びさえ感じつつ可憐な唇で奉仕する少女の体の下で、
 狭い膣の感触を味わい尽くすかのようにじっと動きを止めていた男が、
 不意に少女の腰を持ち上げた。
 肉襞を擦りながら抜けていく肉棒の感触に、リサは甲高く鳴き声を上げる。

「ひへへ……お口の練習はもう良いだろ? 今度は下のお口の番だぜ?」

「ふうん……んん……んはあ……だ、ダメェ……うご、動いちゃ……!?」

「あ、こら」

 突然与えられた股間からの刺激に、リサは思わず口からペニスを吐き出してしまう。
 フェラチオを楽しんでいた男が抗議の声を上げるが、もはやそれどころではなかった。
 媚薬の効果によるものか、破瓜の痛みはすでに消え去っていたが、
 その代償として、ひどく敏感になった彼女の濡れそぼった粘膜は、
 男が少女の腰を持ち上げ、そして降ろすたびに、有り得ないほどの快感を彼女に与えてくる。

「……んあっ……ああ、あっ、ふぁ……あはぁ……そんな、腰ぃ……」

「……ああダメだ。もう我慢できねえ」

 幼い顔を快楽一色に染め上げて喘ぐ少女の痴態に、先ほどまで乳房を責めていた男が、
 我を忘れてむしゃぶりついた。
 背後からリサにのしかかり、剛直をくわえこんだ割れ目の上にあるもうひとつの穴に
 狙いを定め、無理矢理そこに自分の物を押し込んでいく。

「いぎっ……そ、そこ……くうぅぅ……」

 肛門が引き延ばされる鈍い痛みに、リサはひきつるような悲鳴を漏らす。

「あーあ、なにやってんだよかわいそうに。いきなり突っ込むヤツがあるか」

 とめどなく涙をこぼす少女の苦しみように、口交を中断されたままの男が、
 ついつい同情するような口調で言った。

「はあ……はあ……はあ……」

 しかし、ひどく窮屈な少女のすぼまりの、噛み千切られそうな収縮を受ける男は、
 そんな揶揄の言葉にも返事を返さず、ただ鼻息を荒くして締め付けを味わっていた。

 やがて男は腰を降り始める。
 最初のうちはひどく通りにくかった少女の後ろの穴も、
 何度か抜き差ししているうちに、腸液を分泌させはじめ、抽送を滑らかなものにした。

「うう……あふぅ……ん………」

 痛みにもがき苦しんでいたリサの声に、甘い響きが混じり始める。
 これもまた媚薬の効果なのだろうか。
 少女の排泄口は押し込まれた異物を拒絶するどころか、
 男が腰を揺する動きに合わせるように、収縮と解放を繰り返す。
 そして、ヴァギナに与えられるものとは異なる快感に、
 リサの意識は再び甘美な色合いの靄に包まれる。

「あっ………んんっ…………!」

「なんだこいつ……尻で感じてるのか? いきなりで?」

「アレだろ、媚薬が効いてんだろ……それか根っから淫乱なのか」

「……ほら、そろそろ良いだろ? こっちもまた頼むぜ」

「……んん……はぁ……んっ……んぶっ! むううっ!?」

 勝手な事を言い合っていた男たちの一人が、
 再びリサの口にペニスをねじ込んだ。
 乱暴な挿入に少女はせき込みそうになる。
 しかしそれも一瞬のことだった。

「む、むうぅ……んちゅう……んむ……」

 完全に快楽の虜となったリサは、男が強制するまでもなく、自分から肉茎に舌を絡め始める。
 人体の一部とは思えないくらいに硬く強張ったそれを、愛おしそうになめ回す少女。
 その舌先は、亀頭の先端に穿たれた小さな穴を掘り返すようにつつき、
 肉棒の裏側に走る筋をなぞるように動いて刺激を与え続ける。
 時には首を振って口粘膜にペニスをなすりつけ、優しく歯を立てることさえやってみせた。

 誰に教わったわけでもない初めての口交だというのに、
 気づけばリサは、娼婦顔負けの淫らさで、男の欲望をどこまでも高めていった。

「んん……んちゅぱぁ、ちゅ……むちゅぅぅ……ん、ん……んむうぅ……んはっ」

 そして、早くも男に限界が来た。
 イマラチオにおよぶことなく、ただ少女の舌の動きのみで、男は達しつつあった。

「おお……出る、出るぞ!」

 男は呻くように言って、腰を少女の顔に押し付ける。
 次の瞬間、リサの口内に白い欲望が大量に注ぎ込まれた。

「んぶっ……!? ……ぶはあっ!! ほっ、げほっげほっ……ごほ!!」

 粘りけの強い液体が喉にからみつき、リサは激しく咽せこんだ。
 目尻からは涙が滴り落ち、少女の苦しみを代弁する。
 しかし彼女には休む間さえ与えられなかった。

 無毛の秘裂を犯す男が、またしても腰を跳ね上げた。

「よしよし、じゃあこっちに集中しような?」

「げほっ……ちょ、ちょっとま……はあああっ!?」

 慌てて制止しようとするリサの声は、途中から嬌声にすり替わった。
 醜悪な肉棒をなめ回す少女の淫らな姿を、男はつい先ほどまで真下から見上げていたのだ。
 幼げな容姿に見合わない少女の乱れようを目にして、彼の興奮はとうに最高潮に達している。
 その激情をもはや抑えきれないとばかりに、男は激しく腰を突き上げた。

「あぁ………そんな……はぁ……んんっ…あっ、あっ、あっ、あぁっ!!」

 数分前までは処女だったとは思えないくらいに、リサは艶めかしく喘いでみせた。
 少女の秘裂には、すでに破瓜の痛みなど微塵も残っていなかった。
 それどころか、男の乱暴な抽送に、少女の身体は悦びの叫びを上げている。
 その悦楽を証明するかのように、リサの膣内は断続的に男の性器を締め付けていた。

「は、はぁ、ああん!! ……そんなに、動いちゃ……!!」

 どこまでも昇り詰めてゆく自分の体を怖れるように、リサは激しくかぶりを振る。
 快楽に溺れきってゆく心が、最後の力を振り絞って彼女に警告を発していた。
 これ以上快感を与え続けられたら……自分はきっと壊れてしまう。
 確信にも似た気持ちを抱いて、少女は涙を流す。

「動いちゃ、なんだって? ……どうなるってんだよ、ええ?」

「……だめ、だめなのぉ……気持ち、良すぎ、てぇ……あ、はあっ!!」

 とうとうリサは自分の感情を口にした。
 理性は完全に弾け飛び、あとに残ったのはより大きな快楽を求める欲望のみだ。
 拒む言葉は意味を無くし、そこには男に媚びるような色がはっきりと浮き上がる。
 もう我慢できなかった。
 頂点を目指して高まってゆく快感が、少女の心をどろどろに溶かしてしまっていた。

「おーおー、とうとう認めたぜおい……なあ、どこが気持ち良いって?」

「はひゃぁう!? ……あ、アソコがぁ、ああっ……う、動いて……」

 意地悪く問いかけながら、男が腰の動きを緩めた。
 激しく燃えさかる肉欲の炎が、一転して焦らすようなとろ火へと姿を変える。
 絶頂へと昇り詰めつつあったリサの身も心も、その程度で満足は出来なかった。
 我知らず腰をくねらせて、リサは思わず切なげな視線で男を見つめた。

「ほら、もっとちゃんと」

 そんな少女の瞳をにやつきながら見返して、男は促すように言う。
 きちんと言えたならご褒美をやるぞ、と。
 その目が雄弁に語っていた。
 快楽に溺れる少女には、お預けされた快感に抗う意志は残されていなかった。

「ボクの、ボクのアソコが気持ち良いのっ!! ボクの膣内(なか)で擦れて!
 お尻も! どっちもすごく……すごく気持ち、い……ひゃあん!?」

 涙さえこぼしながら、服従の言葉を叫んだ。
 その瞬間、痛々しく押し広げられたリサの直腸に、熱い白濁が吐き出された。
 少女のあられもない言葉に刺激されて、尻を犯していた男が絶頂に達したのだ。

「ふあああ……! お、お尻に、出てる……お尻あついよぉ……!!」

 愛らしい尻穴へと注ぎ込まれる精液の感触に、リサは喉を鳴らして喘いだ。
 涎さえこぼしながら悶える少女の痴態を見上げながら、ただひとり残った男が言う。

「……さて、あとは俺だけか、と」

 そして、男は再び腰の動きを強めた。
 なんの遠慮もなく突き上げ、引き抜き、ただただ少女の蜜穴を貪り犯す。

「あひゃあっ!! そんな、急に……ひぃん! あっ、ああ、はあっ……!」

 その動きに応えて、少女も甘い声でよがり叫んだ。
 いやいやをするように頭を左右に振りながら、秘裂から与えられる快感をそのまま口にする。

「ああ、ああっ!! ……良いよ、気持ち良いよぉ!!
 ごりごり擦れて……ふぅ……ん……腰、腰が動いちゃうよおっ!!」

 ぬちゃぬちゃと卑猥に囀る肉襞が、絶妙な締め付けで男の陰茎を刺激する。
 処女特有のただ拒絶するだめだけの収縮ではなく、射精を促すための蠢動だ。
 清らかだった少女の肉体は、長い陵辱を経て淫らに作り替えられていた。

「……っく!! 締め付けてくる……」

「……もっと、もっと動いてよぉっ!! じゅぽじゅぽ掻き回して……もっとぉ!!
 あ、はあっ、あああっ!! ……あん、はあ……あああんん、んん!!」

 もはや恥じらう素振りさえ見せず、リサは自分の欲望をそのまま言葉にして発し続けた。
 卑猥な言葉を口にすることで、少女の欲情はさらに激しさを増し、それにともなって、
 股間から引き出される快感は限りなく強まってゆく。

「良いよ……良い……ボク、ボクもうっ……!!」

 腰を激しくくねらせながら、リサは限界が近いことを知らせた。
 その言葉を聞く男の方も、もはやこれ以上は堪え切れそうにない。
 ぱんぱんと音を立ててぶつかりあう接合部から、少女の愛液がこぼれ落ちる。
 泡さえ混じったその淫らな液体を目にした途端、男は吠えるように叫んだ。

「イクのかっ!! 敵に見られて、犯されてイクのかっ!?」

「イクよっ、ボク、ボクもう、ボクっ……ふああああああ!! もうダェェェェェェっ!!」

 背筋を大きく逸らして腰を密着させ、リサは喉も裂けよと絶叫した。
 全身がバラバラになりそうな快楽の衝撃を受けて、少女の視界が白く染まる。
 糸が切れるように身体から力が抜け去り、男の上へと倒れ込む最中。

「くあっ……!」

 そんな呻きとともに、少女の幼い秘裂へと、途方もない量の欲望が注ぎ込まれた。
 男の放った白濁は、リサの小さな膣を完全に満たし、入りきらない分が溢れ出すほどだった。

(……ああ、出てる……ボクの中にいっぱい、いっぱい出てる……)

 最後にそんな思いを抱いて。
 リサの意識は深い闇へと沈み込んでいった。



(5)

「あ、あ、ああっ……はああっ!!」

 女のむせび泣く声。
 耳を打つその悲鳴をうけて、リサの意識はゆっくりと浮上した。

「ん……」

 朦朧とする頭を振りながら、リサは身体を起こそうとする。
 その途端に全身を猛烈な倦怠感が襲い、目覚めようとする意識を再度の眠りへと導く。
 ひどく疲れていた。まるで剣術の稽古の翌朝のようだ。
 しかし今のリサを包むのは、身体を鍛えた後の清々しささえ感じる疲れとは異なる、
 まるで泥の海で泳いでいるような粘り着く嫌な疲労感だった。

 再び閉じられようとした瞳に、しかし、残酷な光景が飛び込んできて。
 リサは慌てて目を見開き、鈍い痛みを発する腰を無視して身を起こした。

「ひ、姫様っ!?」

 目の前では、限りなく残酷な光景が繰り広げられていた。
 衣類を根こそぎはぎ取られ、全裸で這いつくばるクラレット姫。
 犬のような四つん這いを強いられたその柔らかそうな尻に、背後から男がのしかかっている。
 激しく腰を打ち付ける男の行為に、しかし王女は悲鳴を上げることも出来ない。
 普段であれば優しい微笑みを形作っているはずの彼女の唇には、
 醜悪な男性器が突き入れられていた。

 あまりにも無惨なその有様に、リサは思わず顔を背けた。
 そんな彼女に、横合いから錆びた声が投げかけられる。

「おや、お目覚めかね?」

 嘲笑うような声をうけて、リサはそちらへと顔を向ける。
 そして激しい憎悪を込めた目で、声の主――魔物使いを睨み付けた。

 怒り狂った少女の視線に、魔物使いは肩をすくめる。
 道化のような身振りで王女の痴態を指し示しながら、彼はにやついた顔で言った。

「いやいやいや、君が休んでいる間、彼女に相手をしてもらっていたんだよ」

「ひあああ!? そこ、そこはぁ……!!」

 魔物使いが口を開くと同時。
 清らかであるべきその身体の、一番敏感なところを突き上げられて、
 クラレットが子犬のような鳴き声を上げる。

 目を細め、その悲鳴を心地よさげに聴きながら、魔物使いはせせら笑う。

「失神した女の子を犯したって楽しくはないからねえ。
 とはいえ、君がさんざん乱れてくれたおかげで、待ってた連中も我慢の限界だったし。
 まあ、こうなるのも仕方がないことだと思うよ」

 そうしている間にも、クラレットを嬲る陵辱の輪に、さらに別の男が加わった。
 秘所も口も塞がっている以上、彼が犯すべき場所はひとつつしかない。

「あは、は、はああぅっ!! お尻、お尻いやぁ……!!」

 女性にとってもっとも人前にさらしたくないその場所を、
 男の指が荒々しくいじくり回す。
 屈辱の涙を流すクラレットを助けようと、リサは立ち上がりながら叫ぶ。

「やめろ貴様らっ!! 姫さまを……姫さまを離せっ!!」

 その腕を、魔物使いががっしりと掴んだ。
 激しい輪姦を受けて疲弊したリサの身体は、ただそれだけで動きを止める。
 振り払おうともがいてみても、男の腕力に抗う力は残されていなかった。
 それでもなおも抵抗するリサに、魔物使いはからかうような言葉を投げる。

「おやおや、勇ましいことだ。とてもさっきまで腰を振っていたとは思えない。
 自分からおねだりしていた女の子が、随分な変わり様じゃないか」

 揶揄するような魔物使いの台詞に、リサは大きく腕を振って威嚇を返した。
 視線だけで相手を射殺そうとするかのごとく、
 あどけない顔つきには似つかわしくない目つきで男たちを睨みながら、甲高く叫ぶ。

「離せっ! ……犯したいなら、私を……ボクを犯せばいいじゃないかっ!?」

 悲痛な思いを込めて絶叫するリサを横目に見て、男たちは嘲笑した。

「へっ……お前みたいなガキ、こっちから願い下げだ」

「おいおい……そりゃ俺らに対する皮肉かよ?」

 先ほどまでリサを嬲っていた男――フェラチオをさせていた兵士が、
 苦笑しながらそんなことを言った。

 同じように口を――今まさに王女の口を犯している男が、その台詞を鼻で笑い飛ばした。
 肉欲に歪んだ顔をクラレットに向けたまま、相手のことも考えずに腰を蠢かす。
 あまりにも乱暴なその動作に、姫が苦しげな吐息を漏らした。

「んんっ……んん、ん、んぶぅっ!!」

「おら姫さんよ、気持ち良いかよ?」

 国の宝とも讃えられた長い黄金色の髪を鷲掴みにして、
 ただ欲望を果たすためだけに、ただただ腰を振り続ける男。
 痛みに涙を流しつつ、口での奉仕を強制されるクラレットの姿に、
 リサはその場に膝をついた。絶望が少女の心を押し潰す。

「やめて……もうやめてよお……」

「ふふふ……そう言われてもねえ。
 どのみち君たちはここで死ぬのだから、その前に思い出を残してあげたいじゃないか。
 お互いにとって、これは良いことだと思うがね」

 とうとう涙を流し始めたリサを、嗜虐的な目で見つめながら。
 魔物使いは本当に楽しそうにそんな言葉を吐いた。
 今も嬲られ続けている王女のあられもない声を聞きながら、さらに言葉を続ける。

「……まあ、とりあえず皆が満足するまでは――ん?」

 にやにやと笑いながら言いかけて、魔物使いは不意に言葉を止めた。
 その視線が訝しむように周囲を見回し――。

 次の瞬間、なにかを切り裂くような音が、リサの耳に飛び込んだ。



(6)

 ――最初は風の鳴る音だと思った。
 だけどすぐに、リサはそれが間違いであると気づいた。
 風なんかじゃない。これはもっと鋭い音だ。
 そう。これは風というよりも、その風自体を切り裂き貫くモノが発する音――。

「ふっ――ぐあああああああぅ!?」

 喉が張り裂けんばかりの悲鳴。
 はっと我に返り、リサは声の主へと視線を戻す。
 そこに地獄があった。
 全身を矢で射抜かれ、倒れることも出来ずに悲鳴を上げ続ける魔術師。
 そんな彼を覆い尽くそうとするように、さらに矢が飛来する。

「そんな……これは……!?」

 掠れた声でなにかを言おうとする彼の喉を一本の矢が貫通し、
 そこでようやく魔術師は地に倒れ伏した。

「な、なんだ……? 誰だおいっ!?」

 混乱も露わに男たちが声を上げる。
 訓練のたまものか、地面に捨て置いた剣に手を伸ばそうとする者もいた。
 しかし、その動きは一瞬の後彼らの前に姿を現した者によって阻まれる。
 ――木々の陰から現れたのは、総勢数十人の兵士たちだった。
 鈍い鋼の光沢を身に纏い、手には森の中でも扱いやすい短槍を持った男たち。
 その一団は、彼らを彼らを包囲する形で立ちはだかっていた。

「き、貴様らいったい――」

 半狂乱のまま喚こうとしたのは、最初にリサの体を弄んだリーダー格の男だ。
 つい数刻前までは快楽に歪んでいたその顔面に、再度飛来した矢が突き立てられる。

「くあああああああああああっ!!」

 矢は男の左目を見事に貫いていた。射手は相当の手練れだろう。
 その場に膝をつくリーダー格。弓を抜こうともがくが、痛みでなかなか上手くいかない。

「おい、誰かこれをっ……!

 抜いてくれ、と叫ぶが、その声は仲間の誰にも届かなかった。
 男たちは半裸、あるいは全裸のまま、恥も外聞もなく逃げだそうとしていた。
 その動作はあまりにも見苦しく、あんな連中に良いように弄ばれたのかと思うと、
 リサは怒りを通り過ぎて笑い出したい気分になった。
 ――と。運良く剣を拾い上げていた男が、他の連中とは別の方へと走る姿が目に入った。
 男は、全身に白濁を浴びせかけられたまま動かないクラレットを目指していた。

(あいつっ!)

 あの男は、クラレットを人質にしようとしている!
 罵りの声を漏らす間もなく、リサは勢い良く立ち上がった。
 周囲では、逃げた男たちが兵士たちに捕らえられ、あるいは抵抗して槍のサビにされていた。
 しかし、そんなものはもうすでにどうでも良かった。
 今のリサにとっては、クラレットを助けることだけが全てなのだ。
 ――あれだけ犯され続けたというのに、体はなんの支障もなく動いた。
 下腹部に重い痛みがあることを除けば、万全といって差し支えない。
 リサは獣じみた速さで駆けながら、男たちが残していった剣のうちのひとつを拾い上げた。
 一瞬の躊躇も見せず抜刀。鞘を捨てながら駆け抜ける。
 その間に男はクラレットの元にたどり着いているが――しかしそんなことは問題にならない。
 剣を腰溜めに構えつつ、リサはさらに速度を上げた。
 そして、男がクラレットに剣を突きつけ、なにかを叫ぼうと振り返った瞬間――
 その首を、リサの横薙ぎの一閃が、相手にそうと気づかせる間もなく跳ねとばしていた。
 宙を舞いながら、男の首が「してやったり」と言わんばかりの表情で叫ぶ。

「動くな! 動けばこいつの命が……って、あれ?」

 なにかがおかしいと感じた瞬間、男の意識は急激に薄れていった。
 ボトリと首は地面に落ち、ほぼ同時に、首を失った体がゆっくりと倒れた。
 その様を見届け、リサはゆっくりと振り返った。
 同時に、周囲でどよめくような声が上がった。
 そこに含まれていたのは、紛れもない感嘆と畏怖の色合い。
 声を上げたのは、彼女たちを救った謎の兵士たちだった。
 彼らの気持ちを代弁するように、軽い声がリサに投げかけられる。

「いや、驚いたよ。剣筋がまったく見えなかった」

 油断無く剣を構えたまま視線を送れば、そこには若い男が立っていた。
 周囲の兵士たちとは一線を画す、豪奢な鎧を身に纏っている。
 その立ち振る舞いや服装から、リサはこの青年が貴族だと察しをつけた。

「――貴公は?」

 騎士としての口調で問う。
 幼い少女の口から放たれた堅苦しい言葉に、貴族風の男はきょとんとした顔を見せた。
 しかし次の刹那には表情を改め、リサと同様の荘重な口調で返答する。

「失敬。私の名はセラード・ルオム・ライエンバッハ。神聖ファルス公国に仕える騎士です。
 この者たちは私の部下で――この辺りの国境を警備する任に就いております」

「……左様か」

 セラードと名乗る男の言葉に小さく頷きながらも、リサは剣を下げようとしない。
 その様子を怪訝に思ったか、青年は肩をすくめながら、くだけた口調で問いかけた。

「どうしたんだ? 私達はあなた方を助けに来たのだよ?」

「助けに?」

「ああそうだ。隣国の姫君を保護するためにね。――少し遅かったようだが」

 リサの肩越しに、倒れたクラレットの姿を見やるセラード。
 その視線を遮るように体を動かしつつ、リサは質問を返した。

「――なぜ我々がここにいると?」

 その問いにセラードはぽんと手を打ち、

「ああ、そうか。そういうことか」

 屈託無く笑ってみせた。少年のような笑顔に、リサの敵意が若干薄れる。
 セラードはなおも「そうだよな、そりゃ疑うよなあ」などと一人で頷いていたが、
 やがてリサに視線を戻すと、まるでいたずらっ子のような表情を見せ、
 懐からなにか金色の物を取り出して、彼女に向かって差し出した。

「これに見覚えはないかい?」

「あ――それ」

 思わず声がこぼれた。
 セラードの手のひらに乗せられていたのは、見間違うはずもない、
 昨日クラレットが盗賊どもにくれてやったペンダントだった。
 驚くリサの様子に、セラードは満足げに頷きながら言う。

「いやね、今朝方この辺りを見回ってたら怪しい二人組を見つけてね。
 いやもう見た目からしてアレだよ、怪しさ満点でさ。
 ただ単に楽して儲けたいだけの現実見えてない社会不適応者にしか見えなかったから、
 とりあえず捕らえてみたんだけど、その所持品の中にさ――」

 セラードはペンダントに視線を送り、小さく微笑んで続ける。

「これがあったってわけだ。……こう見えても私は貴族の端くれでね。
 これがレインツィア王家の人間のみが身につける逸品だってことは知ってたんだ。
 そんなものをなんで持ってるのかって問い詰めてみたら、
 レインツィア側の森の入り口で女の子に貰ったっていうじゃないか。
 正直、その時は脅したか殺したかして奪い取ったもんだと思っていたんだけど――」

 そう言って伺うような目をこちらに向けるセラードに、リサは溜息混じりに答えた。 

「――確かにそれは、王女が彼らに御下賜なされたものです」

「ああ、そうなの。そりゃまあ随分と酔狂な……いやまあ良いけどね。
 ともあれ、この近くにレインツィア王家の人間がいるって分かったからね、
 私達は慌てて捜索隊を組んで、森の中を走り回っていたってわけだ」

「そして我々が散々嬲り尽くされてからのこのこ顔を出し、美味しい所を持っていった、と」

 非難や皮肉ではなく、明らかに侮辱としか取れない言葉。
 周囲の兵士たちの視線が一瞬、憤りの色に染まる。
 そんな彼らを片手でいなして、セラードは苦笑した。

「まあ、確かに発見が遅れたのはこちらの落ち度だけどね――」

「……いや。すまない、今のは失言だった」

 顔を俯かせて詫びるリサに、セラードはさらに苦笑の色を深める。

「分かるよ、なんて言えないけどね。まあ、今は誰かに当たるのも仕方ないだろうとは思う」

「ああ……痛み入る。それと」

 視線を上げ、リサは騎士の顔を真っ直ぐに見つめて言った。

「ありがとう。おかげで死なずに済んだ。私も――王女も」

 そんな愚直な感謝の言葉に、セラードは微笑を返した。
 そして姿勢を正し、丁寧な口調でこう宣言した。

「ようこそ神聖ファルス公国へ。我々はあなた方を歓迎いたします。
 クラレット・レインツィア王女。そして――」

 同じく騎士として――未だに全裸ではあったが――威儀を正してリサは答える。

「リサ……リサ・シルヴァラントです。近衛騎士団に所属していました」

「ようこそ、騎士シルヴァラント」

 青年は力強い笑みを浮かべて、リサに向かって手を差し出した。
 リサはほんの一瞬だけためらい、しかし小さく微笑み返してその手を取った。



(7)

 ファルスの兵士たちが拾ってきてくれた自分の服を身に纏って、
 リサはようやく人心地つくことが出来た。
 小さく嘆息する彼女の膝の上には、微かに息を吐いて眠るクラレットの頭が乗せられていた。
 亡国の王女が身につけているのは、セラードから借り受けた、サイズの合わない男物の服だ。
 姫の服は、帝国の連中が乱暴にはぎ取ったらしく、もはや着られる状態ではないらしい。

「……まったく。騎士が聞いて呆れますよねー」

 いつもの口調でそう漏らすリサの表情は、あまりにも暗澹としていた。
 安らかな表情で眠るクラレットの頭を優しく撫でながら、彼女は自嘲の言葉を吐き続ける。

「大丈夫だの守るだの、ぼてくり回すだの言っといて。全部口先だけなんですもんね。
 姫様を守るどころか、目の前であんな恥ずかしいことして、されて……」

 ぽつり、と。とうとう涙が零れた。したたり落ちた雫はクラレットの顔に落ちる。

「それどころか、姫様まで……」

 もはや堪えきれない嗚咽に身を震わせながら、リサは歯を食いしばり、言う。

「ボク、騎士失格ですね……姫さまもそう思うでしょう?」

 返事を求めない、ただ自分を蔑むためだけの言葉。
 しかし、答えは確かに返された。

「いいえ。私はそうは思いません」

「――ひ、姫様!? 聞いてたんですかっ!?」

 眠っているとばかり思っていたのに。
 驚くリサを真下から見上げつつ、クラレットは強い口調で言う。

「私はあなたに感謝していますよ、リサ。――いえ、騎士シルヴァラント」

「そんな、だって、だってボク……!」

「……確かに、辛い目には遭いました。思い出したくもない辱めを受けました。
 だけどね、リサ? そんな最悪の出来事を経験しながら――。
 それでもあなたは、私の命だけはしっかりと守り抜いてくれたじゃありませんか」

「……それは」

 確かにそうだ。しかしそれは当然のこと。誓いを果たすのは人としての最低限の義務だ。
 もしもそれさえ守れていなかったならば、リサは騎士としてのみならず、
 人間としても失格だっただろう。

「あなたは私の命を守ってくれた。王族としての義務を果たすべき命を。
 分かりますか、リサ。あなたは――レインツィア王国を守るにも等しいことをしたのです」

「そんな……」

「私は生きて王族としての義務を果たします。
 だから――あなたも、騎士としての義務を果たしなさい。
 失格だなどと言わず、これからも私に仕え続けなさい」

「ひめ、さま……」

 言葉が心に刺さることはあった。女の、それも成人もしていない若輩の騎士。
 そんなリサを色眼鏡で見る輩たちは、いつも彼女の心に棘を刺していった。
 時には嘲笑の言葉。時には嫉妬の言葉。時には否定の言葉。
 だけど。
 だけどクラレットの言葉は違う。彼女の言葉は心を貫かない。
 ただ優しく包み込んで、そして諭してくれる。折れるな、砕けるな、と。
 だから。

「――確かに」

 だからリサは――騎士リサ・シルヴァラントはこう答えるのだ。
 涙をこらえ、無理矢理に笑顔を浮かべ、力強い言葉で。

「確かに承りました――我が君」

 周囲で、爆発するような歓声が上がった。
 驚いて見回す二人を囲んで、いつのまにやら神聖ファリス公国の兵士たちが集まっていた。
 皆が皆、一様に明るい表情で二人を見つめ、ときには暖かな激励の声をかける。
 その中の一人――セラードが、リサに向かって歌うように声を張り上げた。

「この私が太鼓判を押そう! 騎士シルヴァラント、君は騎士の中の騎士であると!」

 芝居がかった大言に、兵士たちもまた、歓声をもって同意を示した。
 そんなお祭り騒ぎに目を白黒させていた二人も、やがて顔を見合わせて笑い合う。
 そうだ。
 自分たちはまだ生きている。生きていて、こんなにも笑うことが出来る。
 生きているならやれることは、やるべきことはいくらでもある。
 どれだけ犯されようと、どれだけ傷つけられようと、果たすべき義務があるのならば、
 決して負けはしないだろう。
 生きている限り。笑顔を浮かべられる限り。
 王国を、再び取り戻すその日までは――。
 騎士とその主君に、絶望という二文字は有り得ない。
 その思いこそが、二人にとっての誓いなのだから。



<完>

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