あなたたちに似ようとしたのは、人恋しくてたまらなかったから


#傷跡 最終話

「……お前、やっぱりバカだ」

 しばらく仲良く会話を楽しんで、二人は足取りも軽く立ち去っていった。
 一緒に帰ろうと兄が誘うのを断って、俺はこうして白坂と学園まで戻ろうとしている。
 鞄を屋上に置きっぱなしにしていたから、というのもあるけれど。
 なにより、俺は白坂に謝りたいと思っていたから。
 だけど気持ちとは裏腹に、口をついたのは罵りの言葉だった。

「なにそれ。急に黙り込んだと思ったら、なんでいきなりバカ呼ばわりなわけ?」

 自転車を押す俺と並んで歩きながら、白坂は不満げに声を上げる。
 その横顔に、俺は沈んだ声音で問いかけた。

「あんなので良かったのかよ。あんな終わり方で……」

 ……最後までは、言えなかった。
 あんな終わり方をさせてしまったのは、他でもない俺自身の責任なのだから。
 少なくとも、白坂の望むとおりになあなあでやりすごしていれば――。
 彼女の心の傷は、もう少し浅いもので済んでいたと思うから。

 それ以上彼女の顔を見ていられずに、視線を足元に落とした俺を、白坂は落ち着いた優しい声で慰める。

「……ホントに優しいなあ、輝くんは」
「誤魔化すなよ」
「別に誤魔化してないよ。アタシはアタシが思ったことを口に出してるだけ。アタシは……こういう形でいるのが、一番だと思ったから。だから、今はあれで良いの」
「……そんな」

 思わず顔を上げて白坂を見る。
 正面を向いて歩く彼女の表情は、確かに穏やかなものだった。
 それが本心からのものなのか、それとも無理をして繕ったものなのか。
 今の俺には、そこまでは読みとれない。

 俺が自分を見ていることに気づいたのだろうか。
 白坂は静かにこちらに振り向くと、俺に向かってにっこりと微笑んでみせた。

「大丈夫だよ。ケリはついた。わざわざ学くんにフってもらわなくたって……アタシはちゃんとピリオドを打てた」
「……本当に?」
「ホントだよ。アタシが輝くんにウソ吐いたこと、ある?」
「……まあ、それなら良いんだけどな」

 正直言って、良いことなんてなにもない。
 結局白坂は傷ついて、俺は自分自身にムカついて。
 兄貴たちが白坂と仲直りしたことをプラスとするにしても、結果で言えばマイナスの方に針は傾くと思う。
 つまりはこういうことだ。骨折り損のくたびれもうけ。

 まあ、それは別に構わない。
 白坂がこれで良いというのなら――それが強がりであっても、あるいは本音であっても、
 俺もまた、同じように振る舞うだけだ。

「……んじゃまあ、コレはもう要らないな」

 結局受け取られることのなかったラブレターをポケットから取り出して。
 俺はちょうど近くにあったゴミ箱に投げ込もうとする。
 その動作を、白坂が慌てて遮った。

「あ、待って待って。捨てないで」
「え? なんで?」
「良いからちょっとそれこっちに貸してみ」

 首を傾げる俺の手から、手紙が強引にひったくられた。
 元々白坂の物なんだから、返すのは別に構わないけれど。
 でも、そんなもの取り返してどうするっていうんだろうか?

 女の子ってのはよく分からないな、なんて。
 そんな愚にも付かないことを考える俺の前に、白坂が早足で回り込む。
 どういうつもりか問おうとする俺の目を、後ろ向きに歩きながら真っ直ぐに見つめ返して。
 白坂は、両手でその手紙を差し出して、言った。

「アタシと付き合ってください」
「……………………は?」

 間の抜けた――心底間の抜けた声が漏れた。
 バカみたいに口を開いて唖然とする俺に、白坂は頬を赤く染めながら怒鳴るように言う。

「だから告白してるんだってば! ラブレター完備! シチュエーション最高! ついでに女の子だってこんなに可愛い! だからほら、さっさと返事してよ!」

 ぽんぽんと歯切れ良く紡がれる台詞に、俺はようやく我に返った。
 それでも戸惑いは拭いきれず、疑問の言葉を口にする。

「……いや、だってお前。兄貴は?」
「なに聞いてたのよ? もう吹っ切れたって言ったばっかじゃない。学くんはお友達。……大切な、友達だよ」

 少し寂しそうに笑う白坂。
 そんな彼女に向かって、俺は歯切れ悪く頷く。

「いや、それは、うん。そうだけど」
「……それで、どうかな? 付き合ってくれる?」
「……ええと……」
「ダメかなやっぱり。こんなにすっぱり気持ちが切り替えられる子は嫌かな。 浮気っぽいとか尻軽だとか、そんな風に思われてるのかな」
「いや、それはない」
「じゃあ、体? こんな傷があって、人並みに運動も出来なくて……」
「それもない。……ていうかそういうこと言うな。普通に腹立つから」
「……うん、ゴメン」

 いつかと同じような会話。
 自分を卑下する彼女を叱りつける俺と、素直に謝る白坂。
 しゅんとなるその態度が可愛いと思えて、だけど口にする気にはなれなくて。
 そんなやりとりが、なんとなくすでに俺の日常になってきているような気がする。

「……ふう」

 ついついそんな、呆れてるんだか疲れてるんだか分からない溜息が漏れた。
 ああそうだ。確かにこういうのってちょっと疲れる。相手がこいつだと尚更だ。
 だけど――嫌いじゃあない。むしろ心地よいとさえ思えてしまう。
 そしてその想いは、白坂に対しての感情と同じものだ。 だから、俺はこう答える。

「別に嫌じゃないよ」
「え?」

 ぶっきらぼうな言葉を受けて、白坂は不意に笑顔を見せた。
 こういうコロコロと変わる表情も、まあ見ていて飽きないし。

「俺もお前のことは嫌いじゃないって言ったんだ。どっちかっていうと……まあ、好きかな」

 自分自身の言葉が実に恥ずかしくて、顔がかあっと熱くなるのがはっきりと感じられた。
 目の前では、同じように頬を赤く染めて、白坂が微笑んでいる。
 照れを隠すみたいに苦笑して、俺は彼女の手から手紙をひったくった。

「……ったく。普通ラブレター使い回すか? 俺じゃなかったら絶対怒るぞこれ」

 内容はもう知っているし、それが元々誰に向けて書かれたものかも分かっている。
 だけど、少なくとも今は俺のものだ。白坂の気持ちと同じように。

 そんな照れくさいことを考えたことを恥じるように俺は視線を空へと向けた。
 この夕焼けが、真っ赤になった俺の顔色を、少しでも誤魔化してくれることを期待して。
 そして、ぽつりと言う。

「……まあ、アレだ。これからよろしく」
「うん!」

 あくまでも愛想のない俺の言葉に、それでも白坂は満面の笑みを浮かべ――、
 本当に楽しそうな身振りで、大きく頷きを返してみせた。

 その笑顔を見ながら、思う。
 憎たらしくて、滅茶苦茶で、俺より二つも年上のくせに実にガキっぽい女の子。
 そんな彼女のラブレターは、まわりまわって結局俺宛ての物になった。
 こんな無茶で呆れた話、そうはないだろうけれど、でも。

 彼女の微笑みを、これからも見ていられるのなら、
 こういう無茶も悪くはないな、と。


 <FIN.>




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